愛媛県立とべ動物園

しろくまピース

ピースのおいたち

飼育員:高市敦広

クマ舎に移る

クマ舎に移る
生後108日令までは夜間及び担当者の休日には自宅に連れて帰って哺育を行ってきましたが、体重も15kgを超え、車での移動や自宅での飼育が困難となってきたため、109日令より夜間もクマ舎で飼育することとなりました。最初のうちは、なかなかその環境に慣れてくれずずっと鳴き続け、とうとう声が枯れてでなくなることもありました。1歳を過ぎた頃でも担当者が帰った後数時間鳴いていました。これは2歳過ぎまで母親と一緒に暮らすホッキョクグマにとっては当然なのかもしれません。

離乳

生後80日令を過ぎた頃、離乳の準備を進めることとなりました。最初は皿のミルクを飲ませることから始めましたが、鼻から吸ったり、脚で皿をひっくり返したりとなかなかうまくいきませんでした。それでも訓練開始10日後くらいから何とかうまく飲めるようになり、次の段階へと進みました。それは初めて固形物を食べさせることだったのですが、使用したのは缶詰の犬用処方食(結石予防)で、すり鉢ですりつぶし、ペースト状にして与えました。最初は全く食べようとしませんでしたが、数日で食べてくれるようになりました。しかし、この餌はたんぱく質が低く、急激に成長するホッキョクグマには不適ではないかと考え、次に与えたのがニワトリを骨ごとミンチにしたカルシウムたっぷりの餌でした。これに対する嗜好性は良く何の抵抗もなく食べてくれました。それ以降は他の餌(ドッグフードやリンゴ、ソーセージなど)も順調に食べるようになり、生後156日令で完全離乳しました。現在ではニワトリを丸ごと食べるようになり、体重も順調に増加しています。

水泳の練習

ホッキョクグマが日本の暑い夏を乗り切るために必要なこと、それは水に入り泳ぎを覚えることです。そこで4月上旬から水に慣らす練習を始めました。最初は20cmほどの深さのたらいに水を入れ、呼んで入れようとしたのですが、全く興味を示してくれませんでした。次に、パドックにあるプールに30cmほど水を溜め、ミルクの入った哺乳瓶を持って入り、誘ってみました。何度か繰り返すうちに短時間だけなら入るようになったのですが、決して自分から進んで入ろうとはしませんでした。しかし、とりあえず泳げるようにはなってくれたため、水深を170cmにして、水に接しているうちに慣れて自ら入るようになるのを待つこととしました。その結果、訓練を始めてから3ヶ月後の7月5日、初めて進んでプールに入って、楽しそうに泳ぎました。その後は毎日2時間以上プールに入って過ごし、暑い夏を無事に乗り切ることができました。

様々な問題

生後1年が過ぎ、これまでの経過を振り返ってみると、重大な事例にはいたらなかったものの、いくつか健康上の問題がありました。それらを簡単にまとめてみたいと思います。

1.鉛中毒

当個体をクマ舎で飼育するようになってから数日後、軽度の震えが認められました。寝室の扉をなめる行動がよく見られたため、使用されているさび止め塗料の中に含まれている鉛を摂取してしまったことによる鉛中毒を疑いました。キレート剤を皮下注射したところ、症状は改善され、また、その後の予防措置として、扉にアクリル板を取り付けました。

2.血便

離乳食としてニワトリを骨ごとミンチにして与えた所、嗜好性は高かったのですが、給餌開始後数日で血便が出るようになりました。試しに骨なしのミンチを与えると出血は見られなかったため、その後はミンチを作る際に二度挽きして骨を細かくすると、出血はなくなりました。

3.脱毛

生後5ヶ月頃に顔や上半身に10円硬貨大の脱毛が見られるようになりました。行動を観察していると、自分で壁に身体をこすりつけて、かゆがっているようでした。そこで、丹念にブラッシングを行ったところ、乳児期の保温用の産毛が大量に取れ、その後脱毛はなくなりました。

おわりに

今回のホッキョクグマの人工哺育を通じて最も強く感じたことは、先入観にとらわれてはいけないということです。知識や経験も大切ですが、何事にも「これはこうだ」と決め付けてしまうと、その動物が何を訴えているのかを見失ってしまうのではないかと思います。このことを教訓として、私自身の今後に役立てたいと思います。
最後になりましたが、今回人工哺育を行うにあたり、適切なご助言を頂いた関係諸氏に深く感謝いたします。