大陸の覇者 
体の三分の一を占めようかという大きな頭、頑丈そうな上半身、まさに王者の風格を感じさせる体型を持つアメリカバイソン。最盛期には、北米大陸を埋め尽くすほどの数を誇ったといっても決してオーバーではありません。群れを組み、メスと子供を内側に置くことで、オオカミからも身を守り、まさに向かうところ敵なしだったのです。
150年間の悲劇
バイソンを語るということは、新大陸北アメリカの歴史、すなわち、白人の移住、原住民(インディアン)との戦い、大陸横断鉄道の完成、そして、アメリカがたどってきた動物保護の道を語ることに他なりません。17世紀の初頭に白人が移住してくるまでは、動くカーペットのようにアメリカ中の平原で大群をなしていたバイソンも、農業や牧畜の邪魔になること、遊びとしての狩猟、毛皮取引のためなどの目的で、何と150年の長きにわたって、白人、インディアンの両方から殺戮を受け続けました。その結果、6000万頭以上いたといわれる野生のバイソンも、1894年には、イエローストーン公園にわずか数十頭を残すだけとなってしまいました。それまでにも、もちろん保護の必要性が叫ばれたのですが、残念ながら、バイソンを保護するとインディアンの食料を保護することにつながるという政治的思惑、ハンターや皮革業者の生活を守るという商業的な観点から、保護に対する反対論のほうが強かったのです。
15頭からのスタート
しかし、絶滅を目前にした1907年、ついにウィチタマウンテンズ国立野生生物保護区に、15頭のバイソンが放されたのです。暑さにも寒さにも耐えられる頑健な体力、旺盛な繁殖力を持つバイソンはこうして絶滅を免れることができました。現在では北米各地の保護区で約60000頭にまでその数を回復しましたが、どの保護区でも、適正頭数を定めており、それ以上に増えると、余剰個体を食肉用として、または飼育目的で売買できる規定になっています。ただし、自然保護団体や市民団体が優先されかなり厳しい審査もあるそうです。
隠れた人気者 
「バッファロー」という英語名でも親しまれているバイソンですが、お客様たちの声を聞いていると、思わず吹き出すようなこともあります。ある時は、遠足で来た中学生の男の子が、「マイクバイソーン!」と叫びながら、ジャブを打ち打ち走り去りました。そして最高傑作は何といっても、数年前に「一日キーパー」でバイソンを担当した女の子が「私は『ジェイソン』の世話をしました」とまじめな顔で言った時のこと・・・。一瞬の沈黙の後、笑いをこらえるので必死でした。「バイソンの飼育はするけど、ジェイソン(ホラー映画の登場人物ですごく怖い)の飼育は絶対いや」と後で担当者が笑いながら話していました。ジェイソンならぬバイソン、地味だけど案外人気者の彼らを見に来て下さいね。
平成13年11月発行
|
ちょっと一言
「南米よもやま帖」をいつもご愛読いただいてありがとうございます。
これまで登場した個性豊かな動物たちの本物に会いに、是非動物園をお訪ね下さい。
南米獣舎付近で、「よもやま帖担当者」だ!と思われる人物に遭遇したら「読んでるよ」と一声おかけ下さい。嬉しくなってしまってアメリカストリートをガイドしてしまうかも・・・。 |
|