愛媛県立とべ動物園

飼育日記

キーパー飼育日記

5月28日午前11時クマ舎、花子の異常!

始めて勇気を出して近寄ってきた花子(2013年5月28日)

2013年4月からの担当替えが決まり、3月にクマ舎の作業を習いに行った時のことです。
高市キーパーから気になる話を聞いた、それも残念そうな口調で。 『ツキノワの花子は心開いてくれんのよ、昔かなり人から怖い経験をしているみたい』(涙)
詳しく聞くと10年以上人に対して心を塞ぎ込んでいるらしい。
(動物園のクマ達は人を見て人観察したり、餌をねだったり、オリの隙間から手を出してきたり、安心して足を出して寝ていたり、何かを求める動きや表情があるのが普通です)

何日もその言葉が脳裏にありました。なんとか花子に、安心できる二足歩行の生き物もいると認めてもらいたくて声をかけ続けようと思っていました。

そして慣れない作業も2ヶ月になろうとしていた5月28日のことです。
いつものように11時前にヒマラヤグマのイリコを部屋に入れ、ツキノワグマのお婆ちゃん花子を外へ出そうと扉を開け、そしていつもの声かけ

『はなー起きてよー出るでー、ええよーゆっくりでー』

5月に入り暖かくなったのか、花子の起き上がりは早くなったものの、部屋から出て行くまでにカップメンが十分出来上がるほどの時間はかかります。まだ寒さの残る4月初旬には、15分かかることもざらにあり、加えて20cmほどの段差はためらいながら、ひざまずいて出るほど花子は足腰も弱い。
花子を外へ出す時は、まず声をかけて、寝ている花子を起こす。ムクッと起きようとするが、寝たままで排尿、ゆっくり立ち上がりながら排糞、そしておぼつかない足取りで水飲みまで行き飲水、その後とぼとぼとゆっくり外へ出て行きます。
その間ですが、マレーグマ・シャインのビタミン剤作りやピースの食事作りなどしながら花子の出を待ちます、基本的に動物達には威圧をかけて追い出したりしません(動物を怖がらせての移動はしません)。

少しずつ人に対して心を開き始めた花子(2013年6月20日)

ここからが普段と違う異常続発!
そろそろ出て行く時間になっても、花子はおり越しにこちらの調理場を見ています、そんな事は初めてです!?

『はなーどしたーん?』
体調が悪いのかと声をかけてゆっくり近寄ると、人に怖がりうなり声をあげることもなくキョトンとこちらを見ています (本当につぶらな瞳)
これはもしかして、人に心を閉ざしてきた花子と会話が出来るかも!

驚かすといけないので素早い動きは禁物。
そーっとそーっと、まな板にあった一番味のいいリンゴをスライスし、忍び足で『はなーだいじょうぶよーだいじょうぶよー』って精一杯安心させるように声をかけながら、ゆっくりとオリ越しにいる花子に歩み寄った。
ここで怖がらせてしまえば、もっと心は遠のく。心臓ドキドキでスライスリンゴを見せながら、おりの隙間からそーっと花子に差しのべると!

最近は人を見る目も表情があり、穏やかになりつつあります。蜂蜜と美味しい味のいいリンゴが大好き。

な、な、なんと花子は小さく口を開けて、恐る恐るゆっくりと食べてくれた!感激(涙)
『美味しいやろー、待ってー、もう少し持ってきてあげるから』
ゆっくり僕が立ち上がると『ウーッ』小さく花子はうなりをあげた!
『ごめんごめん』とゆっくり約2メートル離れたまな板まで戻り一番おいしいぞって思うリンゴを包丁でスライスし、もちろんいつもの声をかけながら再度花子へ、ゆっくりと怖がらせないように四つん這いで近づいた、花子はうなることもなくスライスリンゴをオリ越しにムシャムシャと口にしてくれた!
『ハナーダイジョウブヨーオイシイヤロー?ゴメンネー』連呼

正直言うと4月から花子と両目が合ったのはこの日が初めてで、普段は声をかけても片目だけギョロっと、チラッと目が合うだけで・・・。
5月28日に塞ぎ込んでいた花子とやり取りが出来るとは思ってもいませんでした、4月1日からクマやペンギン達、アシカ達へ迷惑ばかりで何一つ仕事が出来ずにいましたが、やっと一つ仕事が出来たというか、仲間入りできたというか、これからも出来る限り人への花子の不信感を取り除いてあげようと思います。・・・花子もお年寄なので、あと何年生きられるか正直分かりませんが・・・。
最後に4月当初、ホースの水の音を近付けるとうなり、本当にこの子は水の音も人も怖いのだろうなと感じ、高市キーパーの『花子は心開いてくれんのよー(涙)』そのものでした。
確実に花子は昔、人から怖い思いをさせられたのでしょう、それも極度に。

動物園で暮らす動物達が、恐怖を常に抱いて卑屈な生活をしているなんてことは、とても悲しい事です。
今回花子は、うなって怖がることなく人に歩み寄るという行動を起こしてくれました、それはキーパーにとって、とても嬉しい出来事。
また何年も何年も高市キーパーや山内キーパー達が暖かく接してきた賜で、そのお手伝いが出来ました。花子にはこれからも安心して余生を過ごしてほしいものです。そう言えば昔ハナ子という恋人がいたな~(笑)